2011年4月26日~27日 名古屋旅行 2日目 [東海編]

2日目の日曜日は元同僚のボブファミリーと一緒に観光します。

とはいっても夕方遅くならないうちに、キャサリンは北陸へ
ドリーたちは関東へ帰らなくてはならないので、あまりあちこち観光できないので
名古屋城だけ行くことにしました。
何といっても熱田神宮までひつまぶしを食べに行かなくてはならないので
時間がないのです。

朝食に名古屋の小倉トーストを食べようとしましたが喫茶店が見当たらず
結局名古屋城のそばまで行っても朝食にありつけず
正ちゃんは大人げなく、怒り狂っているし、二日目は大変な幕開けでした。

でも名古屋城でボブファミリーに会い、愛娘のココちゃんに会ってからは
和やかさが戻ってきてほっとしました。
DSCF0117.JPGDSCF0119.JPG
名古屋城は「金の鯱鉾」が有名でこんなけばけばしい物を作るのは
豊臣秀吉に他ならないとドリーは勘違いしていました。
DSCF0118.JPG
名古屋城は、徳川家康が天下統一の最後の布石として築いた城です。
江戸幕府が体制を確立する激動の時代に、濃尾平野を見晴るかす高台に
忽然と巨大な城郭が誕生しました。
徳川家康は、豊臣がたとの緊張が高まる中、尾張国を東海道の一大防衛線
として整備を進めたそうです。
まず、伊那忠次に命じて木曽川東岸に約50キロメートルにわたり堤防「御囲堤」を
築き、尾張領内の治水だけでなく、大坂から攻め寄せる敵に備えたそうです。
次いで、尾張国の中心である清須城が問題となりました。清須城は大軍を収容できる
規模がなく、五条川に臨む低地にあるため、しばしば水害にも見舞われていました。
このため、家康は清須城に代わる新城造営地を調査し、名古屋(那古野)、古渡、小牧の
三候補地の中から名古屋を選び城をたてたそうです。

名古屋城の天守閣から名古屋市を眺め、城を後にし、熱田へ向かいました。

ひつまぶしを食べてボブファミリーとお別れしました。
ドリー達3人は、タクシーで名古屋駅に出ました。
キャサリンは北陸へ戻っていきました。
正ちゃんとドリーもタカシマヤでお土産を買って名古屋を後にしました。
新幹線で新横浜に出て自宅へ戻りました。

楽しい楽しい名古屋旅行もあっと言う間に終わってしまいました。
またまた名古屋に行かれるのはいつのことでしょうか・・・
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。